少し前のことだ。
 たまに利用している卓球スクールに参加した時の事、1人の気になる男性がいた。
 名前は分からないのでAさんとしておく。
 そのAさんは60歳から70歳の間かと推測される、ちょっとお年を召した方で、もしかしたら相当な達人かもしれないと、ロッカールームで見かけたときから警戒していた。 
 練習が始まって打ち合うとそのようなこともなく、フォアロングのラリー練習からスマッシュを打ち込んでくる、地元の卓球教室に良くいるタイプであった。
 
 5分おきくらいに相手が変わり、コーチから指導を受けたりしながらローテーションしていき、Aさんとも何回か練習した後、休憩時間となった。
 私は疲れていなかったので1人でサーブ練習をしていたところ、Aさんが他の方に話しかけているのが聞こえてきた。
 Aさん「私はね、100枚以上の組み合わせを試したんだよ」
 話しかけられた女性は初対面だったのか、話しかけられて迷惑そうであったが、お金持ちなのね、とか無難な返事をしていた。
 Aさん「お金持ちとかではなく、本当に自分に合った用具を探しているんだよ」

 100枚以上の組み合わせを試したとなると、相当な用具マニアである。
 これは大変な人を見つけてしまった。
 そして何だか自分が言いそうなことをそっくり言っている。
 でも何となく関わりたくない気がして、視線を合わせず意識だけ向けていた。

 Aさんはめげることなく話を続けて、
 Aさん「貴方のラケット、それはチモビルですね。それは良いラケットです」
 女性「そうなんですか。私はあまり興味が無いので良く分かりません」
 Aさん「チモビルですよ、チモビル。良いラケットをお使いですね」
 
 チモビル?
 
 ティモ・ボルのことか?
 
 女性は煩わしくなったのか席を離れてしまった。
  
 会話に割って入りたくなったが、ここはグッとこらえた。
 まるで20年後の私を見ているような気分になってきたのだ。
 このままいけば間違いなく私はAさんのようになる。
 用具に興味が無い女性を掴まえて、一生懸命用具を語る永遠の初心者。
 
 それも良いかもしれないなあ。
 
 肩の力を抜くとまた違った景色が見えてくる。
 勝ち負けより楽しさを追求して、それで何の不都合も無い。
 優しい風が私の中を吹き抜けた。
 
 嘘である。
 
 なんか嫌だ。
 
 
 それはさておき、最初は取っつきにくい気むずかしい爺さんかと思われたAさんだったが、笑顔が印象的な人の良さそうな方で、ロッカールームでついつい話しかけてしまった。
 なぜならAさんのラケットが気になって仕方が無かったからなのだ。

 私「そのラケット、フォーティノですよね。もしかしたらフォーティノプロですか?」
 用具好きらしいから三万円以上するフォーティノプロでもおかしくない。
 Aさん「フォーケーノ? いえ分かりません。これはもらったものです。」
 私「いえ、フォーティノです、フォーティノ。ティバーの」
 Aさん「チバー?」
 私「フォーティノ。ティ ノ。タチツテトのティ。そしてティバー」
 Aさん「はいはい、フォーケノですね」
 
 Aさん「これはオフチャロフからもらったのです」
 私「え、オフチャロフから!」

 これはとんでもないビッグな人と知り合ったのかもしれない。

 Aさん「イベントでオフチャロフからもらったのです」

 イベント・・・・・・

 私「もしかして、サムソノフですか」
 Aさん「そうです、サムソノフです」

 可笑しい。
 なんだかとっても可笑しい。

 とても楽しい気分になった私は、Aさんにお礼を言ってロッカールームを出た。

 またいつか会えたら、こんどは色々用具の話を振ってみよう。
 楽しい話をたくさん聞かせてくれるに違いない。