駅前の緩い坂を新宿方面に向かってしばらく歩くと、急に目の前が開けて戸山公園にぶつかる。
 一口に戸山公園と言っても明治通りによって大きく2つに別れていて、山手線内で一番標高のある箱根山を中心とした箱根山地区と、そこよりは一回り小さい大久保地区がある。
 私たちの目的地である新宿スポーツセンターはその大久保地区の入り口付近に建っていて、地域住人にスポーツの場を提供する貴重な施設になっていた。
 当時、つまり貴絽良介が40代を過ごした2010年代後半は、長い不況のトンネルを抜けること無く、新元号と東京オリンピックを迎えることになり、興奮と冷めた雰囲気の渾然とした、一種異様な時代と言えた。
 さて今回テーマとしている卓球についてだ。
 2016年リオデジャネイロオリンピックにおいて、男子団体銀、女子団体銅、男子シングルス水谷隼銅メダルと好成績をあげた事が注目を集める結果となったのは間違いない。また、伊藤美誠、平野美宇、張本智和を筆頭とする若手の台頭も相まって、日本人好みの様々なドラマが生まれ、東京オリンピック1年前から盛り上がりを見せていた。(敬称略)
 その影響は一般プレーヤー層の増大という目に見える形になって現れる。
 かつては趣味としての卓球を楽しもうとしても、肝心の場所もやる相手も不足していて、マイナー競技のプレーヤーとしての悲哀を味わっていた彼らが、いざ卓球がメジャースポーツに半ば昇格と言った形になった途端、貴重な練習場が満員で利用できないという現実に直面することになった、





 なったんだよなあ、と頭の片隅で考えながら立野さんと再びスポセンのドアをくぐった。
 午後の部開始から30分たってしまっていたので、もしかしたら台が埋まっているかも。
 いつもの貧乏性が私の足を早足にさせる。
 3階まで階段を上り、小体育室のドアを開けて中を覗く。
 ガラガラだ。いつものスポセンだ。
 安心したところで早速練習開始。
 立野さんとは夏に練習して以来だ。

 立野さんはほぼ同時に卓球を始めた貴重な大人卓球初心者仲間で、しかも同い年というさらに貴重な練習相手でもある。
 いつも私より2周くらい先を行っているので、色々アドバイスをくれる。
 しかも今回私の気になっているラケット、インナーフォースレイヤーALCを持ってくると言っていたので楽しみにしていた。 
 私の方も、立野さんのリクエストに応えて今時珍しいガチガチのカーボンラケット、カブリオレを持ち込んでいた。
 立野さんの球は健康卓球教室の方々より遥かに速いので、なれるまで時間がかかる。
 最初のフォア打ちから色々駄目出しをされてしまったが、後から考えてみたらマークVXSが弾まなすぎたのも良くなかった。いつもの遅い球ならマークVXSやキョウヒョウも有りだが、そこそこ速い球になると難しくなる。
 対立野さんに一番良かったのは、アウターカーボンのカブリオレや分類不能特殊素材ピュアカーボン。
 回転とスピードが乗っている球も、カーボンラケットなら全く押される事無く返球できる。
 そのかわり下回転を持ち上げるのはちょっと苦労するので、ロングサーブ主体の展開が良いに違いない。
 お借りしたインナーフォースレイヤーALCは板厚が6mmとのことで、グリップが太いのが気になった。
 それよりも立野さんが以前から愛用しているカルテットAFCの方が遥かに打ちやすい。
 私の所持するカルテットLFCとは兄弟ラケットのはずだが、随分と打球感が異なっていて、AFCは柔らかい中にも力強さも兼ね備えている、扱いやすくて威力もだせる、バランスの取れた良いラケットだと思う。 返す返すもデザイン変更が残念でならない。
 フォアドライブの打ち方も教わって、回転がかからないのを改善する為のラケット角度とか、バックドライブを中陣から打つコツとか、有り難いアドバイスをもらった。
 二人してラケットをとっかえひっかえして2時間30分ほど練習をした。
 立野さんはアウターカーボンを気に入ったようで、もしかしたら今頃ポチッとしているころかもしれない。ティモボルALCとかね。 
 私も用具に関して色々学ぶことが有り、とりあえずマークVXSは諦めた。
 省狂3も。追加注文中なのに。
 16時の閉館ギリギリまで練習して、スポセンをあとにした。