えー、病は気からと申しますが、今回の新型コロナばかりはそうはいかないようでして、どんなに気合いを入れてもかかるときはかかる、かからないときはかからない。そもそもかかっているのかいないのか、それすらはっきりしないという、真に困ったことでございます。
ゴホンと咳すりゃ新型コロナ、熱でふらっとしたら新型コロナ、なんでもかんでも新型コロナに思えてくるんですな。

「 どうした、顔色悪いな」
「朝起きたら頭が痛くて吐き気がします。新型コロナに間違いありません」
「君昨日相当飲んでたよね?二日酔いだよね?」
「やっぱりコロナビールがマズかったようです」

なんて会話がそこかしこでね、交わされているようでありますな。
さて、こういう流行病もね、決して今だけの物ではありません。当然昔から姿形を変えて何度も庶民の暮らしを脅かしていたんですね。もちろん同じようなことは、江戸の昔にも、ありましたよ。

「六兵衛、最近あっちのほうはどうだい」
「分かりきったこと聞くねえ。全然ダメよ全ダメよ。卓球のタの字もありゃしねえ」
「おめえの所もそうかい。流行病で外出禁止。卓球なんかできねえよなあ」

流行病の最初のころは、何だかんだと練習できてはいたものの、ここまで来ちゃあどうにもならない。
卓球好きの六兵衛も、この頃は諦めて大人しくしていたようです。

「あーああ、卓球してえなあ」
なんてぼやきながら狭い長屋の一室でラケットを撫でるのが精一杯。 
その内撫でているだけでは我慢できなくなってきた六兵衛、どこからかピンポン球を取り出し、カンカンカンカン、ラケットの上で球突きを始めました。

「思いっきり打ちてえなあ、こうスマッシュをドカーンとよ」
当てる振りしてフルスイングしたつもりがピンポン球に見事命中。球は壁に向かってすっ飛んでいきました。
バシーンと大きな音を立てて跳ね返ります。何しろ長屋の薄い壁です。厚さなんて紙みたいなもんです。近所迷惑にもほどがあるってもんです。
ところが当の六兵衛は落ち着いています。落ち着いているのは理由があって、隣の孫四郞一家が引っ越してからだーれも住んでいないのを、六兵衛はもちろん知っていたからなんですね。
「俺の必殺ドライブを食らいやがれ」
なんて言いながら遠慮無くバシバシ壁に向かって打ち始めました。
「おらフォア前ががら空きだぜ。お次はミドル、そしてもう一度フォアだ」
ぶつぶつ呟きながら、しばらく執念深く打ち続けていたら、おかしな事に気がつきました。

六兵衛が打つ。
球が壁にぶつかって跳ね返る。
球が戻ってくる。

その壁にぶつかる音のちょっと後に、コン、といかにもラケットで打ったような音がするような。
コンと打てばカン
バシッと打てばコンッ
まるでラリーでもしているかのような絶妙なタイミングで、壁の向こうから聞こえてくる音。
最初は気味悪がっていた六兵衛も、すっかり調子が出てきて、壁を相手にサーブ、レシーブ、対下回転打ちドライブ、などなど、いつしか試合をやっている気分になって、勝手にスコアまでつけ出す始末。
「よしこれでテン ナイン。次が決まれば俺の勝ちよ。そりゃ、得意のYGサーブとくらあ」

コンっと壁の向こうから

パシーンッと六兵衛

コンっと壁の向こうから

バシンと六兵衛

大げさなフォームでカーブドライブを壁に向かって打ち込むと、それっきり壁の向こうからの音は途絶えました。
「やったぜ横入れドライブ! エッジボールだが得点は得点だぜ。と言うわけでイレブン ナインで俺の勝ち。ざまーみろい。」

壁に向かって言い放つと、満足げに畳に横たわってしまいました。
息を整えながらなおも横たわっていると、ドン、ドンと壁を叩く音が聞こえてくるじゃありませんか。
誰もいないはずの隣の部屋からですよ。
ちょっぴり気味悪くなってきた六兵衛でしたが、そこは見栄っ張りの江戸っ子。
「うるせえ、俺の勝ちだ。文句有るなら直接言いやがれ」

そうするとドンドンという音はぴたりとやんで、かわりにぼそぼそとささやくような声が。

「小さくて聞こえねえ」

「・・・・・」

「聞こえねえって言ってんだろ。大きな声で言え」

するとみるみるうちに視界が暗くなり、真冬のように気温が下がり始めたんですね。
ブルブル震えながらキョロキョロ辺りを見回していると、追い打ちをかけるよに、地の底から響くような低ーい声が壁の向こうから

「・・・今のはサイドボールだぞ」