「小学生のころは良かったな」
 思わず僕は声に出す。
 小学生まではピンポン球もプラスチック製で、当たっても痛くないし、何より重くて動きにくいアーマーを身につけなくてもいいのだから。
 中学生以上が使用するピンポン球は鋼鉄製だ。
 直撃すれば骨折では済まない。
 当然ラケットも木製じゃない。
 紙より薄い特殊合金を幾層にも重ねた特殊素材ラケットだ。
 鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合うと、火花が凄いのでゴーグルも必須。 
 分厚い手袋をしていても、インパクトの瞬間は脳天まで衝撃が走る。


 卓球台につくと、対戦相手の緑川がすでに待っていた。
 お互い目線を合わせず軽く拳を合わせる。
 いつものようにラケットの見せ合いをするが、何のためにやっているのか分からない。
 透明な強化プラスチックの向こうで主審が手を上げると試合開始だ。
 



 おじいちゃんの時代に流行っていた卓球と、僕たちがやっている卓球は基本的には同じだ。
 違うのは道具が進化してより攻撃力が増したのと、直接相手にぶつけてダメージを与える事が許されている点。
 現代卓球には、地道に得点を重ねるクラシックタイプ、台に張り付き相手の急所を狙ってノックダウンを狙う前陣カウンタータイプ、球がこちらの台に着く前にラケットで直接相手を攻撃するトッコウタイプなど、実に様々な戦型がある。
 今流行っているのはカウンタータイプとトッコウタイプのハイブリッド型で、もちろん僕もハイブリッド対応のグリップが伸縮するラケットを使っている。
 今年の春出たばかりの新モデルで、グリップの長さが3m以上伸びる伸縮性能と、打球時にもしならない剛性を併せ持つ。

 試合開始と共に高くて遅いループドライブを打つ。
 昔と違ってサーブなどない。
 そして相手が打球する前にグリップを伸ばして急所の喉や胸を攻撃する。
 今回の相手はトッコウタイプなので、ノンビリとピンポン球を待ってなどいない。
 腕につけた籠手で急所をかばいながら、一気に台を飛び越えてくる。
 試合前に見た、ゴツくて重量感のあるラケットが目の前に迫る。
 伸ばしかけた右腕を無理矢理戻して、ブレードの先端で弾く。
 肩から砕けたかと思うような衝撃。
 喉まで出かかった呻き声を強引に飲み込み、カウンターのスマッシュを、がら空きの喉元に向かってぶち込む。
 恐怖に引きつった緑川の口元が視界の端をかすめた。
 コンマ数秒の攻防。
 卓球は練習で身につけた予測能力と反射神経が物を言う競技だ。
 それだけは今も昔も変わらない。
 
 瞬きする内に緑川は自陣へ戻っている。
 ピンポン球が台を噛む鈍い音が鼓膜を振るわせる。
 そのバウンド直後を捉えたラケットが鈍色の光彩をまき散らしながら視界を斜めにぶった切る。
 緑川の得意なライジングカウンターだ。
 考えている暇など無い。
 意識してからでは遅い。
 視覚情報を無理矢理右腕に直結させてラケットで急所を守る。
 こういう場合人中、喉仏、水月を狙うのはセオリーで、逆に言えばここさえ守れば何とかなる。
 ブレードで人中と喉仏、50cmに伸ばしたグリップで水月を防御。
 残念。
 緑川の狙いは左のこめかみだった。
 アームストロング製のAI搭載メットがマイクロミリ秒単位のやりとりで衝撃を分散させる。
 それでも首から上が消し飛んだと錯覚を覚えるほどのダメージだ。
 
 刹那のブラックアウトが点数に結びつく。
 硬直した僕のプライドをなぎ倒し、ピンポン球が床にめり込んだ。

 「ラブ ワン」

 得点を読み上げる合成音声が頭蓋骨内部でワンワン反響する。
 
 なに、試合は始まったばっかりだ。
 肉体的にはともかく精神的なダメージはほとんどない。
 僕は右だけ長い犬歯を見せつけるように口角を上げ、ピンポン球を目線の高さに上げる。
 拝むようにラケットを掲げながら、緑川が薄茶色いゴーグルの向こうで目を細めるのが見えた。
 四方から刺さる青白いスポットライトが僕たちの周りをグルグルと回り始める。
 銀色のラケットとピンポン球に跳ね返った光線は、僕たちの眼球を通って脳髄を経由し口からゆるゆると溢れ出ていく。そうして左目と右目の真ん中で幾重にも重なった光輪が再び視界いっぱいに広がった。
 光輪の中でたくさんのお父さんとお母さんが笑っている。
 曼荼羅の端っこでは、妹の由希子もはにかむように微笑んでいた。

 僕も思わず微笑んだ。

 そこへは、まだ、行けない。

 僕は高くトスを上げた
 思い切り高く
 ただ、高く
 
 

  
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