卓球迷宮地下1階

~貼ったり はがしたり また貼ったり~

卓球という迷宮に迷い込んだが、いつまでたっても地下1階をうろうろしていて、いっこうに下に降りられない記録

 主にMICRON DYNAMICをフォア面で使用した感想。
 打球感が心地よく、フォア打ちやドライブは好感触。
 これは良いぞ!と興奮したが、ツッツキが今ひとつ。
 スポンジ高度47度の割には切りにくい。
 回転が控えめでスピードのあるツッツキはやりやすいが、切ろうと思うとコントロールが難しい。
 苦肉の策で表面で転がすようにするとまあまあ切れるが、本来の使い方ではない気がする。
 思い切り切ってやれ!とか色気を出さなければ十分なのかもしれないが、表面の引っ掛かりが弱いのだろうか。 
 あるいはラケットが原因かもしれないし、単純に慣れの問題かもしれない。
 自分では切れた感覚がなくても相手からしたら回転がかかっている、っていうパターンもあるので次の練習でつじまる師匠に判定してもらおう
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 スポンジ硬度が高いのに、思ったより柔らかく感じる時がある、らしい。
 シートが柔らかくてスポンジが硬いラバーが最近の流行りなのだろうか。
 軽く打っても良い球が打てて、強打の時もしっかりスピードを出せる。
 その代わりツッツキなどは思ったより浮いてしまうが、回転がかからないわけではない。
 卓球を始めたばかりなら「柔らかい」x「柔らかい」で間違いないが、少し上手になったら「柔らかい」x「硬い」ラバーがちょうど良くなり、物凄く上手になって全国大会でブヒブヒ言わすくらいになったら「硬い」x「硬い」って感じだろうか。
 ここからが本題。
 「硬い」x「柔らかい」の組み合わせはどうなのか?
 私は寡聞にしてほとんど存じ上げないが、テナジー25FXやリズムテックあたりがこのカテゴリーだろうか。あとはスポンジの柔らかい粘着ラバーとか。

 ようするに最近またテナジー25FXを使い出したのである。
 テナジー25FXって、こんなラバーだったかなあと今更ながら感じた。
 サーブの時はスイングスピードのない私にはシートの変形に頼れず回転をかけにくい。
 ツッツキも同様。スポンジが柔らかいので反発力はあり、粘着ラバーほど思い切って擦るスイングもできないし。
 ドライブよりもミートが安定していて、当てて打っても回転がかかっておさまりやすい。
 この辺はさすがテナジーといったところ。
 以前見たレビューでは、スポンジの硬い25は前陣向けで25FXは中陣までいける、みたいなことを書いてあったが、実際はどうだろうか。
 私の感覚では強打をするとスポンジの柔らかさが表面化して失速している気がする。
 シートはベチっとしてスポンジはモフッとしている感覚。
 もちろん技量とかラケットの影響はあるだろう。
 対下回転打ちはループで返そうとか思わずぶち当てた方が良い結果になった。
 25の粒形状からのプラシーボ効果か?
 それにしても最近のラバーに慣れていると違和感が大きい。
 そういえば誰かが25FXについて書いていたなあ
 
 
 リンさん!!

 リンさんの記事の方が参考になるぞ
 
 
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 卓球を始めてからずっと脇を締めてサーブをしていた。
 誰から教わったのかは覚えていない。
 そもそも誰からも教わっていないのかもしれない。
 脇を締めて、肘を脇腹に固定し、前腕だけを振る。
 このフォームのいいところは、スイングが安定しそこそこ回転がかかるところ。
 真下、準横、横下、ナックルロング、ドライブサーブなどそれなりに打てる。
 欠点は短いサーブが難しいところ。
 フォア前に出そうと思ったらなんちゃって巻き込みサーブをやるしかない。
 そして肘を脇腹に固定=打点が高くなる。
 結果どうやってもそれっぽいフォームにならない。
 今までずっとこのフォームに対して疑問を持たなかったのだが、
 ある日突然閃いてしまった。
 脇を開けて肘を上げ、上腕を台と並行にする。
 するとどうだろう。
 短いサーブが簡単に出せる。
 慣れていないので回転数は落ちるし、不安定にはなるが、この方向性は間違っていない確信がある。
 思い返してみると、テレビや動画で見る選手達のサーブは肘を上げている。
 なぜか頭に浮かんだのは水谷選手のサービスフォームだ。
 肘を上げた方が腕の可動範囲が広がるし、なにより見た目がそれっぽくなる。
 久しぶりにサービス練習をやりたくなった。
 まだまだ伸び代たっぷりの自分であることよ。
 しばらく卓球ができないのは残念だが。
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 暑い。
 が、ちょっと空気が軽やかでもある。
 たいてい雷と大雨の夏祭りが終わった後の夏、あるいは今よりも気温が低かった記憶の中にある昭和の夏。
 そんな中、いつもの卓球教室に行ってきた。
 教室は武道館の一番奥。
 その途中に畳敷の大きな一室がある。
 いつぞやのように女子高生達が百人一首の大会でもやっているのかと覗いたら、柔道着を着たごつい面々が見えた。 
 普通に柔道の試合のようだ。
 武道館なのだから当たり前か。
 通り過ぎようと前を向いた瞬間畳の匂いが鼻を打つ。
 その匂いと共に汗で湿った柔道着の匂いも漂ってきた。
 ごつい方々は離れた場所にいたので多分その匂いは幻臭なのだろう。
 その柔道着と畳の匂いで、忘れかけていた記憶が蘇ってきた。

 私は小学4年生から中学に進学するまで柔道を習っていた。
 地元の警察署にある一室で、数名の先生が指導してくれていた。
 かなり大きな柔道教室で、30人から40人くらいの小学生がいたように思う。
 教室というよりスポーツ少年団だったのかもしれない。
 そのうち警察署が老朽化したため取り壊しとなり、柔道教室も遠くの保育園の体育部屋に移転となった。
 あまり場所がよくなかったのだろう。
 子供達の人数も一気に減ったが指導してくれる先生も段々と減っていき、最後はA先生がほとんど一人で教えるようになった。
 A先生は比較的若い先生で熱心に指導してくれたが、あれほどいた他の先生達はどこにいってしまったのだろうか。
 少し寂しい気がした。

 私は背が低くおまけに太っていたので背負い投げばかり教わった。
 ちっとも上手にならず、6年生になる頃にはモチベーションも落ちていたが、たまにサボるくらいで真面目に通っていたと思う。
 そんなある日、A先生が来なくなった。
 代わりに以前いた数人の先生達が教室に来て驚いた。
 親の話によるとA先生が教室のお金を私的に使っていたのがバレてクビになったそうだ。
 練習開始の前、先生達から話があり、A先生が信頼を裏切ることをしたことを詫び、今後はちゃんと私たちが指導します、という内容だった。
 いまさら何を言っているんだと思った。
 A先生に任せっきりにしていたくせに。
 たった一人で子供達を指導していたA先生を思うと、どうしても悪くは思えなかった。
 
 最後の大会であっという間に負けて私の柔道は一勝もできないまま終わった。
 その大会で優勝した男とは偶然中学のサッカー部で一緒になり、共に2軍で燻ることになるのだがそれはまた別の話だ。
 
 私は鼻炎がひどくほとんど嗅覚がない。
 そのため稀に匂いを感じると、結びついた記憶が何よりも鮮やかに蘇ることがある。
 畳と柔道着のむせかえるような匂いが、ほんの一瞬だけあの頃の記憶を呼び起こした。
 ただそれだけの話である。


 
 
 
 
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2ヶ月ぶりくらいに試合に出た。 
 練習ではいい感じに振れていて、イメージの中の自分はイッパシのドライブマンだ。
 これは結構いい線いくかもしれない。
 一番下のクラスに申し込んだし、緊張もしない。
 この階級(一番下の初心者クラスのこと)もそろそろ卒業かもな。
 余裕の構えで受付をしたら上位の階級(初級者クラスのこと)にエントリーされているではないか。
 さっきまでの余裕はどこへやら、せめて一勝しようと目標を変更する。

 出番まで時間があったのでふと隣を見る。
 隣ではもう一つ上の階級と、さらにその隣ではもっと上の階級の試合が行われている。
 どれほど凄い強者どもが集まっているのかと見ているとそうでもない。
 健康卓球教室でよく見るような、変に力が入っている人や独特のスイングをしている人、カットマンのようなツッツキマンのような不思議な人、などなど。
 それと比べると遥か遠くで試合をしている最上位クラスの試合は本格的で、上手なものだなあと感心する。
 最上位クラスの人達がしているのが卓球という競技なら、それ以外の人たちがしているのは卓球ではあるが何か別のものだ。

 イメージの中の自分は最上位クラスの動きに近く、これはもっと上のクラスでも十分戦えるに違いないと妄想が膨らむ。
 妄想の中の試合相手は卓球とは似て非なる奇妙なダンスを踊り、妄想の中の自分はこれが卓球だよという美しいフォームでありとあらゆる球を強烈なドライブで粉砕している。

 そして、さあ、やっと出番だ。
 待ちくたびれたよ。
 堂々とした歩みで卓球台に向かう。
 ラケットを構え、試合相手のサーブを見事レシーブ! というまさにその時、自分が誰よりも奇妙なダンスを踊っていることに気がつき、絶望的な現実と直面するのであった。

 この日の結果は、いうまでもないだろう。
 
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